パーキンソン病のリハビリに当たってのワンポイントアドバイス(3)
―横浜に神経難病のオアシスを―

2011年5月9日
屏風ヶ浦病院 副院長 神経内科
阿部 仁紀

 4月になり新人が加わったこともあり、4月27日に当院のリハビリスタッフを対象としたパーキンソン病の勉強会が実施されました(70名参加)。以下に勉強会での冒頭の話を掲載します。


「横浜の地に神経難病患者のオアシスを作るのだ。」との思いで、当院に神経内科が開設され3年目となりました。当科の特徴は二つあります。一つは、家族のための医療です。神経難病は、徐々に介護度が上がっていく病気です。家族が介護で疲れ果てる前に、病院が患者さんを一時お預かりする、家族の休息のための'レスパイト入院'を行っております。患者さんだけではなく、家族の視点でも、医療を考えております。もう一つは、リハビリです。当院は入院患者167名に対し80名リハビリセラピストがおり、非常に手厚いリハビリが可能で、入院加療だけではなく、外来での通院リハビリ、あるいはパーキンソン病の集団リハビリを行っております。私は「リハビリ科は、係長の下、非常によくまとまっている」と感じております。額に汗して接することで、その熱意が患者さんに伝わるようで、「熱心だ。満足している。」との感謝の言葉をよく聞きます。彼によると、「まず、心、気持ちでセラピストを選んでいる。」とのこと。私も同感です。患者さんに対する感性は、教えることができません。知識は、学ぶ気があれば、このような会で、どんどん入ってきます。しかし、感性は困難です。皆さんは、選ばれた感性を持った人なのです。どうぞ、現在の感性を大切に患者さんに接してください。しかし、そうはいっても、感性だけではなく、知性・理性も大切です。 パーキンソン病の患者さんは、うつ、アパシー、不安などの精神症状が約6割に認められるとの報告があります 1)この事実を知らないで患者さんに接すると、患者さんが苦しむことになります。

  「優れた感性と知性・理性を持った皆さんが、患者さんのオアシスとなれば」と思い、このような勉強会を行っております。 本日は、まず初めに、患者さんに対する認識論、その後、パーキンソン病の各論を行います。

―自覚症状と他覚的所見―
  自分のことは自分では見えない。自分のことをみる方法として、自分で気がつく方法(自覚)と他から気づかせてもらう方法(他覚)があります。 自覚について…とは言っても、自覚は困難なので、「人のふり見て我がふり直せ」とあるように、他人をみて、他者に自己を見出す(他者を、自分を映す鏡として使う)方法、文を読んで、文章の中に自分を見出す方法(私のブログをお読みになって、「そうなんだ。そうなんだ。」と症状を自覚される方がおられます)、そして、文を書いて自己を認知する方法(認知行動療法)(症状に変動があるパーキンソン病の方に'症状日誌'を記載して頂く)、などがあります。患者さんにとって、我々は患者さんを写す鏡です。患者さんは、いつもの状態なのに、我々がその様子に慣れていないで慌ててしまう事があります。その慌てぶりを患者が見て、「え、私ってそんなに悪かった?」と思うことがあるとすれば、それは、患者さんに余分な不安を与えることになります。
  他覚について…自分では気がつかないので他者から教えて頂く方法。この方法は、他者に依存するので、他者に困難が伴います。例えば、「本態性振戦」という病気があります。この病気は、何かしようとすると手が震える病気です。我々も、緊張が強い際に、手が震えることは経験します。それを他者が「ふるえている」と指摘すると余計に震えが強くなります。あるいは、「医者に見てもらったほうがいい」などという人もいます。余計なおせっかいです。自分では親切なつもりで言ったことが、無知なおかげで、相手を傷つけてしまっていることは日常でよくあることです。「本態性振戦」と「生理的振戦」(病気ではありません)の違いは、自覚症状です。自分で何かをしようとする際に困難を感じれば、「本態性振戦」となります。自分では困難は感じないのに、他人から言われるので、困っている振戦は、なんと呼べばいいのでしょうか?斯くの如く、他者から指摘していただく方法は、他者に知識があるかないかで大きく異なります。「ふるえはパーキンソン病かもしれないから、お医者さんに早くみてもらったほうがいい」などと言うことが、緊張しやすい人を傷つけることにもなりかねません。では、パーキンソン病の振戦は…不思議なことに、何かをしているときに良くなるのです。(描かれた)渦巻きをなぞる検査があります。本態性振戦の方は、なぞるとギザギザになるのですが、パーキンソン病の方は、不思議と、スーっと上手に線を引く(なぞる)ことができます。また、「本態性振戦」は、ふるえだけです。パーキンソン病の振戦は、初めはふるえだけでも後に、歩きににくくなるなど他の症状が加わります。古代から、君主が気づかないところをうまく気づかせる(諫言する)ことができれば、君主は名君となり、諫言者は、名参謀・軍師となります。ただ阿っているひとは「茶坊主」となり、君主は「馬鹿殿」となり、共に沈んでいくでしょう…論理的には。実際は、諫言は、君主の逆鱗に触れるだけに終わることが多いと思われます。
 このように、病気に対する理解がなければ、我々は、無意識に患者さんを傷つけている可能性があります。疾患の認識が大切であるというのは、医療従事者すべてに言えることです。


 以上が冒頭の話で、以下パーキンソン病の各論が続きました。今回はリハビリスタッフに対しての話でしたが、これは、家族を含めた患者さんに関わる全ての人に当て嵌まることです。前回のコラムの最後で語ったように、"患者周囲の人々は、その一挙一動が、患者に影響を与える、重要な環境であると思われます" ので、一般の人々にも病気の理解が進むと、間違いなく、患者さんの日常生活の質が改善するでしょう。先日パーキンソン病の患者さんが、「ここに来る途中、電車の中で固まってしまった。薬を飲んでもすぐに効かなかった。でも、駅員の方が、車椅子で病院まで送ってくれました。」と駅員さんに非常に感謝しておられました。神経内科界が屏風ヶ浦の駅までは広がっているようです(ちなみに京急屏風ヶ浦の駅から当院までは、徒歩1分かかりません…)。

 さて、斯くの如く、自覚しているかどうかが不明なので、言うべきなのか、言わざるべきなのかの判断は、非常に困難です。しかし、迷わず教えてあげた方がいいことがあります。それは、寝ている間に生じている現象です。我々は、就寝中の自己に生じている現象を自覚できません。寝ているとき、いびきが強い、無呼吸がある、脚が動く、大声を出す、周りのものを叩く、などがあれば、これらを教えることは、有益です。睡眠中のいびき、無呼吸は睡眠時無呼吸症候群の、下肢の動きは睡眠時周期性四肢運動の、大声を出したり、叩いたりの行動はレム睡眠行動障害の可能性があります。これらの症状の改善が、日常生活の活動性(activities of daily living)を高める可能性があります 2)。このような症状があれば、医師への相談をお勧めします。当院では、睡眠中の状態の把握が非常に重要と考え、終夜睡眠ポリグラフ検査を施行しております。
…感性は大切です。今回のコラムで、私の'神経難病のオアシス'への想いを感じていただければ幸いです。尚、'想い'は、神経難病ですが、実際は、現時点では、パーキンソン病の患者さんを主に治療を行っております。


下線部を補足説明させていただきます。「パーキンソン病の患者さんは、精神症状が約6割に認められる」とは、「パーキンソン病の患者さんの6割に、精神疾患が認められる」訳ではありません。例えば、うつ病と'パーキンソン病のうつ症状'の違いを説明します。うつ病は、脳に明らかな(器質的な)異常がない(CTやMRIなどの画像上だけでなく、顕微鏡レベル(病理学的に)でも)ことが前提となっております。一方、パーキンソン病では、CTやMRIなどの画像上は明らかな異常は認められませんが、病理学的には、セロトニンを分泌する神経やノルアドレナリンを分泌する神経の変性が認められます。よって、うつ病と言う疾患概念が先に確立されているので、パーキンソン病で認められるうつ病に似た症状(といっても大分異なるのでここで、註を記している訳ですが)を'パーキンソン病のうつ症状'と言います。パーキンソン病の患者さんにみられるうつ病に関しては、「DSM-III以降の診断基準を用いた, 1994年以降の報告にみられる(パーキンソン病にみられる)大うつ病の頻度は一般人口においてみられるうつ病の頻度との差はなく, パーキンソン病と大うつ病とは直接には関係なく, 偶然の合併症と考える方が適切であると考えられている.」との記載があります 3)

参考文献

  1. Aarsland D, Bronnick K, Ehrt U, et al: Neuropsychiatric symptoms in patients with Parkinson's disease. J Neurol Neurosurg Psychiatry 67: 492-496, 1999
  2. 阿部仁紀, 関晴朗, 會田隆志: 睡眠時周期性四肢運動と睡眠時無呼吸症候群が合併したParkinson病の1例. 神経治療 28: 67-72, 2011
  3. 山本光利: パーキンソン病におけるうつ. 山本光利編著, パーキンソン病: 認知と精神医学的側面, 中外医学社, 東京, p40, 2003

『リハ科のブログで紹介されている当日の勉強会の様子』
こちらから→ http://byoubu.or.jp/blog_riha/archives/2170